今月の言葉アーカイブ


2017年8月の言葉

結果は大事だけどなあ、人に伝わるのは結果だけじゃない

映画『三月のライオン』より

先月に引き続き将棋ネタで恐縮です。映画「3月のライオン」で、主人公の桐山零に高校の教師である林田先生がかけた言葉です。

零はお世話になった家族のトラブルに対し力になりたいと張り切りましたが、思ったように結果が出ませんでした。うまく結果が出なかったことで落ち込む零に林田先生がかけた言葉が「結果は大事だけどなあ、人に伝わるのは結果だけじゃない。」でした。

私も政治に携わっていると様々な陳情・要望を受けます。できることもあればできないこともあり、全く結果が出ないことも少なくありません。できないはずのことを無理やりできるようにしてしまうことがいいとは思えないこともあります。そんな時は丁寧にお断りをすることになります。「鬼木は融通が利かないなあ」「鬼木は政治力がないなあ」そうした評価になるのも覚悟のうえです。それはこれからも変わりません。要望は誠実に受け止め、誠実に回答する。結果が悪くても、伝わるのは結果だけではないと信じて。


2017年7月の言葉

人生も、将棋も、
勝負はつねに
負けた地点からはじまる。

加藤一二三 九段

7月2日は歴史的敗北の日となりました。

東京都議選の自民党獲得議席が、過去最少の38を大きく下回る23。国会議員の不祥事や暴言などが続いたことで、都民による自民党への厳しい審判が下されました。

時を同じくして7月2日。将棋界において連勝記録を打ち立てた藤井聡太四段が、デビュー以来公式戦初黒星を喫しました。

「神武以来の天才」と言われ、藤井四段を後継者として期待している加藤一二三 九段は、この敗戦に対して温かい激励の言葉を投げかけました。

「将棋も、人生も、
勝負はつねに
負けた地点からはじまる」

自民党が歴史的大敗を喫した直後の言葉なので、なおさら私にとっても感じ入る言葉となりました。なぜ負けたのか? 何を反省し、どう立て直すのか? 負けた地点から人生ははじまるのです。敗北を人のせいにせず、自らのはじまりの第一歩として頑張ろうと思います。


2017年6月の言葉

千里の目を窮めんと欲して 更に登る一層の楼

王之渙の漢詩より

この言葉の原典は中国の漢詩です。黄河の雄大な風景を楼閣の上から眺めて詠まれたものとされています。

福岡が生んだ政治家・中野正剛先生が、自決直前に子息に書き遺した書がこの詩だったそうです。

また、前福岡市議会議員の妹尾俊見さんが叙勲のお祝いにあたって私にくれたメッセージに、この言葉が記してありました。

より遠くを見通すために、より高みを目指して研鑽を積まねばならないということです。

郷土の素晴らしい先輩方が遺した言葉を引き継いで、千里の目を窮めるべく精進を重ねたいと思います。


2017年5月の言葉

人は自分の見たいものしか見ない

カエサル

国会は国のルールを作るのが仕事なので、日々様々な重要会議が繰り広げられています。

そこでは賛否が激しくぶつかり合う議論もあります。議論のスタートから両者の事実認識が異なっているもの、議論の終盤まで同じような論理展開でも最後の結論が正反対であるもの、議論がねじれの位置にありいつまで話し合っても交わらないもの、いろんなパターンがありますが、落とし所が見つからない議論をたくさん見てきました。そんな毎日で見つけたのがこの言葉です。

「人は自分の見たいものしか見ない」

結局そうなんです。自分の望む結論、そこに至る論理、皆がそこに固執して議論しているのです。だからそれと相容れない考え方の人とは議論がかみ合わないのです。良いとか悪いとかでなく、カエサルの時代から人類はそうなのです。テレビも新聞も本もインターネットもそうです。みんな自分の伝えたいことだけを伝え、みんな自分の欲しい情報だけを手に取るのです。

真に知的な態度とは、先入観や自分の立場・都合にとらわれず、正しく目的を設定し正しくそこに向かう姿勢です。カエサルはそうした人間の本質というものを熟知しながら、目的を達成してきたのでしょう。

私も国会の議論において、己を勘定に入れず、筋の通った議論で、正しい結論を導く役割を果たしていきたいものです。


2017年4月の言葉

寛と厳([かん]と[げん])

私の恩師である森田修学館の初代館長 森田譲康先生が、職員室に毛筆の手書きで貼っていた言葉が「寛厳」でした。「これはどういう意味ですか? 何と読むのですか?」と私が聞くと、「[かん]と[げん]。子供には寛容な心と厳しい態度との両方を持って接しなければならないということ。寛大過ぎてもわがまま放題になってしまうし、厳し過ぎても萎縮してしまう。おおらかに育てながら、締めるべきところは締めるのが教育の要諦なのだよ。」ということをおっしゃいました。

当時は、教育の話であり、子供に対する大人の態度の話として聞いていましたが、最近になって政治の世界にも通じる深い言葉だなあと感じるようになってきました。

近年、ポピュリズムが幅を利かせ、国民に媚びる政治がウケているように思います。それは子供に好かれようと子供の要求する通りに物を与え子供に媚びる大人の姿に似ています。大人の態度として必要なのは、真に子供の将来を考え、時には厳しい言葉で叱ってでも正しい方向へ導く態度です。政治もまた然り。世論に迎合して国民を甘やかし国をダメにする政治ではなく、時には厳しい態度を持ってでも未来に責任を持つ政治が必要です。


2017年3月の言葉

人はそれぞれ「正義」があって 争いあうのは仕方ないのかもしれない
だけど僕の「正義」がきっと 彼を傷つけていたんだね

SEKAI NO OWARI「Dragon Night」より

今月の政治塾での演題にもあるように、政治の場では賛否の割れる問題が多々あります。財政は拡大したほうがいいのか? 縮小したほうがいいのか? そうした問題ひとつを取っても方針をまとめることは容易ではありません。

しかし政治は現実世界に答えを出すのが仕事ですから、期限までに明確な結論を出す場面があります。

そうした時、それぞれの信念と信念がぶつかり合って、大激論となることがあります。お互い自分が正しいと信じているわけですから、自分の意見を否定されれば面白いはずがありません。それは議論であって喧嘩ではないのですが、感情のしこりを残すこともままあるようです。

自分の信念は絶対の真実ではないし、正論を主張することは人を傷つけることもある。そのことをわかったうえで、自分の正義を疑うことや、相手の気持ちを理解しようとする態度が必要です。

しかし国民の代表である以上、事なかれ主義で黙っていては本分を果たすことができません。やはり主張すべき信念は主張せねばならないと思うのです。


2017年2月の言葉

生き方は、愛情の表現である

福岡のT社長

私が銀行員時代に担当させていただいた会社の社長さんが言っていた言葉です。人がどう生きるかは、そこにその人の価値観が表れます。なかでも、その人が何を愛し、どう愛しているかが表れるとおっしゃいます。

「お前は政治をして何をしたいのか? どんな世の中にしたいと思っているのか? もっと堂々と発信しろよ! 何を愛しているからそのために何をするのか? そのことをしっかり訴えられたら、みんなきっと応援してくれるよ」

私が何を愛し、そのために何をしようとしているのか、言葉だけでなく生き方で表現しなさいという激励です。

私はいわゆるパフォーマンスというものが好きではありません。嘘や虚飾を感じるからです。しかしこの言葉を聞いて、表現というのは派手に振る舞うことだけではないのだと思いました。

生き方が不器用であっても伝えられるものがあると思います。伝えるものは「愛情」、その手段は「生き方」、噛めば噛むほど味わい深い言葉だと思います。


2017年1月の言葉

準備が自信を作る

エディ=ジョーンズ(元ラグビー日本代表ヘッドコーチ)

2015年のラグビーワールドカップで日本が南アフリカに勝利した時の監督がエディ=ジョーンズです。あの勝利から一年以上が過ぎ、早くも今年は2017年。2019年のワールドカップ日本大会まであと1000日を切りました。

「準備が自信を作る」とはその通りだと思います。衆議院の解散もいつあるか分からないからこそ準備が大切です。準備が十分なら有事の際にも自信を持って即応できます。準備ができていなければ、慌てふためいて混乱に陥ります。準備が大事なのです。

ジャパンが南アフリカから決勝トライを奪ったシーンのように、全ての準備が自信につながり、自信が信念となって結果を生み出すのです。


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