近年、日本では悲惨な事件が続発しています。家庭内での暴力、殺人や、学校でのいじめ、自殺など痛ましい事件が後を絶ちません。それらの原因は家庭教育の崩壊であるとも、また学校教育に問題があるとも言われています。しかしいつまでも責任のなすりあいをしている場合ではありません。家庭・学校・地域が一体となって、子どもの健全な成長を支えなければなりません。これからの日本を背負う子ども達のために、私達は今何をなすべきなのでしょうか。地道な取り組みになりますが、私の考えるひとつの方法についてご紹介したいと思います。

「食育」って知ってますか?
食育とは、食という基本的な文化を通じて、子ども達に様々な価値を教育することを言います。食の乱れを正すことは、生活習慣や家族・親子関係の乱れを正すことにつながると私は考えます。食育の具体的実践として私が議会で取り上げたのが、「弁当の日」という取り組みです。
「弁当の日」という取り組み
「弁当の日」と聞くと、親が作った弁当を食べる日なのかと思われがちですが、そうではありません。「弁当を作るのは子ども、保護者は一切手伝わない」というルールがあり、献立・食材の購入・調理・盛り付けの全てを子どもたちの手で行います。どの食材にどんな栄養があるのか? それらの食材はどこから来たものなのか? 自分で作り自分で食べるからこそ一生懸命に考えます。
「生きる力」をはぐくむ
この取り組みにより子どもたちは、日頃当たり前のように調理済みで出てくる食事が、実は多くの人々のおかげで成り立っていることに気づきます。自分の力で弁当を作るという体験により、日々いただいている食事を有難く思う気持ち、栄養のバランスや食の安全に対する意識、自分で食事を作れるという生活力や独立心、など様々な「生きる力」が育まれるのです。
反対理由の中にこそ
親の負担が増える、子どもが怪我をする、家に調理器具がない家庭もある等、「弁当の日」に対する反対理由はたくさんあります。しかし、こうした反対理由の中にこそ、この取り組みを今やらなければならない理由があるのではないでしょうか。朝食抜きや毎食インスタント食品といった食生活の貧困さを改善し、子ども自身に「生きる力」を身に付けさせることが必要です。
チャレンジする教育
子どもを困難から遠ざけ続けることが、子どもに内在する「生きる力」を奪ってきたのではないでしょうか。昨今の教育現場はリスクを恐れて萎縮している感があります。子どもは大人の映し鏡です。チャレンジする教育がチャレンジする子どもを育みます。価値ある取り組みは積極的に推進していきたいと思います。
一家団欒を取り戻そう
ノーベル化学賞受賞者である野依良治教授(安倍内閣・教育再生会議の座長)は、日本の学力低下対策を問われ、「遠回りのように思えるけど、家族がそろってゆっくり食事をとることです」と答えています。
「弁当の日」に最初に取り組んだ香川県・滝宮小学校の竹下和男校長は、その一番の目的を問われて、「子どもたちの生活に一家団欒の食事を実現することです」と答えました。「もし全国の子ども達の全ての家庭で毎晩家族そろって夕食を食べるようになれば、日本国中の非行は10分の1になるでしょう」ともおっしゃっています。食卓という心の拠り所を復活させ親子の会話を取り戻す、そのことがすさんだ日本を変えると信じての取り組みなのです。
「弁当の日」と教育再生
「弁当の日」は、学校教育と家庭が子どもと共に変革していく取り組みです。地道なようですが、私は「弁当の日」を通じて、子ども達に「生きる力」と「豊かな心」を身に付けさせたいのです。教育再生とは何かひとつの画期的な決定打で解決するようなものではないと思います。長い時間をかけて壊れてしまったものを取り戻すには、長い時間と手間が必要なのではないでしょうか。
子どもの問題は大人の問題だ!
資源の無い島国である日本にとって、人材こそは最大の宝です。教育とは、「これからの日本を任せるぞ!」という若者を育てることに他なりません。
戦後日本は、がれきの中から奇跡的な復興を遂げました。現在では経済においては世界の一流国です。しかしその一方、日本は心の貧困にあえいでいます。自由と豊かさを求め続けた結果、権利意識と合理主義ばかりが高じて利己的になり、日本人は本来持っていた美徳を失ってしまいつつあります。先人や社会のおかげで今の自分があるという「感謝の心」や社会のために自分が何をなすべきか考える「公共心」が必要なのではないでしょうか。子どもにおこる全ての問題は、実は大人の心の問題です。私達大人がその身を振り返ることが必要です。

