某県の議員団によるブラジル訪問が、公費の無駄遣いであると厳しく非難を浴びています。「視察」というと「議員のお遊びツアーじゃないか!」との批判は根強いものがあります。心ない議員の行動により、目的を持って真剣に取り組んでいるものまで一緒にされることは残念です。
さて私は、2005年10月25日から29日まで、中国・江蘇省を公式訪問しました。江蘇省は中国大陸の東部沿岸地帯の中心部、長江の下流に位置しています(省都は南京)。福岡県と江蘇省は1992年以来13年にわたる友好提携の関係にあり、隔年で相互に訪問し合っています。10月17日には小泉首相が靖国神社を参拝しており影響が懸念されましたが、現地ではいまだかつて反日デモや暴動はないとのことで、予定通りの訪問団派遣となりました。私は所属会派である緑友会・新風を代表して訪問団(計8名)に参加、副団長を拝命しました。日中関係がぎくしゃくしている中での友好訪問、はたしてどんな訪問だったのでしょうか? しっかり友好を深め見聞を広めてきた様子をレポートしようと思います。

人民代表大会など表敬訪問
「公式訪問」のハイライトとも言える行事が、各都市の人民代表大会(以下、人代と略す)への表敬訪問です。海外からの要人として迎賓館の応接室に招かれ、中国側の代表団と日本からの訪問団が向かい合って座ります。新聞記者やテレビのカメラに囲まれ、両国の代表者が会談をします。江蘇省人代、鎮江市人代、常州市人代、ならびに江蘇省政治協商会議を公式に訪問しました。
日本企業を訪問
筑紫野市に本社を持つ(株)福岡ニットさんの泰興工場を訪問しました。何百人という現地の作業員が手作業でニットを織っていきます。こういった労働力集約型の産業が中国で開花しています。日本の百貨店で何万円もするヨーロッパの有名デザイナーブランドのニットが中国で生産される様子を垣間見ました。日本企業にも現地労働者にも中国政府にもメリットのある取り組みであり、たいへん歓迎されています。その他、常州市ではブルドーザーなどを扱う常州コマツの現地工場を見学しました。
日本ゆかりの地を訪問
江蘇省には日本ゆかりの地がたくさんありました。遣唐使・阿倍仲麻呂の詩碑(鎮江市・北固山)や、良寛の書碑(鎮江市・焦山)・日本に味噌を伝えた金山寺(鎮江市)などです。また、南京にある孫文の墓は「中山陵」といいます。「中山」とは孫文の号であり、日本亡命中の孫文が中山という表札を見て気に入り、以来自ら名乗るようになったと伝えられています。福岡と江蘇省の友好を祈念して三千本の桜が植えられた友好桜花園も南京にあります。
中国の印象、そしてこれから
漢字が踊る町並み、稲穂が光る郊外の田園風景、日本と中国ははるか昔からつながってきたということを随所で感じました。偏狭なナショナリズムでいがみ合うことなく、共通の利益を求めて良好な関係を築いていかなければなりませんし、中国側もそれを望んでいるという印象を持ちました。都市部の開発や工業化も激しく、中国では巨大な資本主義社会が形成されつつあります。人口、面積、のみならず歴史や地理的スケールにおいて、恐るべきポテンシャルを持った大国だと実感しました。今後の日中関係は国レベルでぎくしゃくすることも考えられますが、分権の時代の今こそ地域間交流を深め、相互理解と経済協力の強いパイプを確保していくことも地方政治の大事な役割です。十三年間積み上げた友好提携の関係を、今後ますます醸成させたいと思います。
靖国問題について
中国公式訪問三日目の夜、常州市の人民代表大会との会談でのことです。歓迎スピーチの中で、常州市人代の代表が小泉首相の靖国参拝を非難し始めたのです。「日本には過去の侵略の過ちに対する反省はあるのか。中国は未だかつて他国を侵略したことはない」と発言され、会場内に緊張が走りました。
ところが、当日日本側の代表を務めた新宮県議は冷静にこう返しました。「靖国参拝に関しては、日本国内にも賛否両論ある。大事なのは過去の歴史を忘れず、これからの前向きな関係を構築していくことである。我々は平和で友好な関係を築くためにこうして中国を訪れているのだ」腹を立てず、卑屈にならず、堂々たる対応でした。この問題については、歴史認識の違いや、感情的な反発も大きいものがあります。政治カードとして利用されている面も否めず、常に冷静な対応が必要です。

