福岡県議会議員 おにき誠 公式ウェブサイト

2008年06月29日

政治塾・第8講「検証・道州制」

第8講の今回は「検証・道州制~本当にバラ色の未来なのか?」をテーマに講義。 18時より、黒門公民館にて開催。約2時間半にわたる講義・質疑応答の後、場所を居酒屋に移しフリーディスカッション。参加者は23名。

おにきまこと政治塾・第8講の様子1おにきまこと政治塾・第8講の様子2

講義ノート

明治の廃藩置県に始まった日本の中央集権体制も、官僚機構の腐敗や非合理により制度疲労をおこしている。そうした現状への不満もあり、最近では地方分権、そして道州制の議論がにわかに盛んになってきている。

しかし「変われば良くなる」という単純化された論理を鵜呑みにすることは大変危険である。道州制のメリットとデメリットを慎重に検討しなければならない。
現在までの議論における道州制のメリットは、それぞれの立場の人が自分の立場でのメリットを語る「我田引水」のものが多い。一方、道州制のデメリットについてはあまり考えられていない。

私は、道州制により地方の独立性が高くなれば、地方間競争・地方間対立が生まれると考える。自力ではやっていけない地方が生まれ、そこが日本から独立するという最悪の事態もありうるということを指摘(実際現在でも、対馬市においてそうした議論が波紋をよんだ)した。国民に「国」を尊ぶ意識がない中での道州制移行は、国がバラバラになる危険性をはらんでいることを伝えた。

次回、第9講は7月27日(日)18時から開催予定。場所は決まり次第HPにて告知。テーマは「ブラジル訪問記~議員視察とはどのようなものか」。6月に行われた「ブラジル日本移民百周年記念訪問」を、映像を使って解説する。

2008年06月19日

ブラジル訪問記「福博村、サンパウロ県人会の歓迎」

スザノ福博村を訪問日系の子どもたちが和太鼓で出迎えサンパウロ、式典前のにぎわい

午前中から、サンパウロへ移動。というほど話は簡単ではなく、飛行機が3時間遅れるアクシデント。訪問予定だったスザノ福博村への訪問が時間の都合で取りやめになる寸前だった。

ところがスザノ福博村の方々のどうしても来てほしいという熱烈なお願いに、次の予定に多少食い込んででも行こうということになりスザノへ。

スザノ福博村は、80年前に福岡県人ニ家族が開拓した村。今では多くの日系人がコミュニティーを形成している。日本に対する望郷の念は強いようで、故郷からの訪問者に熱い歓迎ぶりを見せていた。

県人と語らう訪問団余興はサンバのダンスチーム松尾 治 前・ブラジル日本都道府県県人会連合会会長

日も暮れかけてからサンパウロの中心部へと向かう。サンパウロ県人会主催の歓迎会が行われる。開始はもう21時も回った頃だったろうか。現地の県人は、待ちくたびれるどころかノリノリに盛り上がっている。南の熱い国では、夜遅いことはあまり苦にならないようだ。

数百人入るホールにて食事をしながら、日系人の歌やサンバの出し物を見せてもらう。移民百周年記念協会・執行委員長の松尾治氏は、前のブラジル日本都道府県人会連合会の会長。ブラジル日系人の全国会長も福岡なら、本国日本の全国知事会長も福岡ということもあって、福岡は他県以上にブラジル移民百周年に力が入っているとも言えるだろう。

2008年06月18日

ブラジル訪問記「ブラジル日本移民百周年記念式典inブラジリア」

今日は移民船・笠戸丸がブラジルに到着してちょうど百年にあたる日。「ブラジル日本移民百周年記念式典」が首都ブラジリアで開催される。

私達はブラジリアでは皇太子殿下と同じホテルに宿泊であった。朝からホテル前には警護の白バイが停まり、パトカーと報道陣も控えている。エレベーターも皇太子の移動中は使用が制限され、ホテル入り口には赤じゅうたんが。午後からの式典が楽しみだ。

ホテル前のパトカーと報道陣ブラジル国会議事堂にて記念式典

午前中はドン・ボスコ聖堂、続いてオスカー=ニーマイアーが設計したカテドラル・メトロポリターナを見学。昼はブラジルの国会の食堂にて昼食。国会内を見学した後、いよいよ式典へ。

下院の本会議場にて記念式典。日本人で来賓として登壇したのは麻生太郎代議士と皇太子殿下のお二人。皇太子殿下のお祝いのメッセージに続きブラジルからも謝辞があり、キナイア下院議長と皇太子殿下とがサインの交換をされ式典は終了。

皇太子殿下と麻生代議士が来賓キナイア下院議長とサインを交換ブラジリア県人会と夕食会

夜はブラジリア日系県人会と食事会。政府の要職にあった方やビジネスに成功されてある方など、ブラジル社会のさまざまな分野で日系人が活躍されてある様子を垣間見ることができた。

2008年06月17日

ブラジル訪問記「計画都市・ブラジリア」

今日は公式行事はなく、ブラジリアを見てまわった。ブラジリアは、1960年クビチェック大統領によってブラジル中央高原の荒野に首都として建設された計画都市。1987年には世界遺産に登録されている。

世界的な建築家・オスカー=ニーマイアーがさまざまな建物、そして街そのものを大胆に設計している。

クビチェック大統領記念館ブラジルの国会議事堂。右の建物は外務省計画都市ブラジリアの立体交差と官庁街

パラノア川をせき止めて作った巨大な人工湖や奇抜な国会議事堂、立体交差と官庁街など、見て驚くものが多々ある。凸と凹、一対のお椀型の建物は国会議事堂の上院と下院。空中に銅像が浮かんでいるのはクビチェック大統領記念館。中には棺が安置されている。

トルコのケマル=アタチュルク大統領でもそうだったが、海外では建国の父にあたる人物は大切にされている。日本は?と考えさせられた。

2008年06月16日

ブラジル訪問記「日系県人会の出迎え」

9時40分、サンパウロに到着。空港では日系県人の皆さんの手厚い歓迎。和太鼓やミス日系の出迎えや、チョコレートでできた花束をいただいた。
ブラジリアまでの乗り継ぎの間、空港のレストランで日系県人会役員の方々と昼食会。

ミス日系の出迎えサンパウロ空港にて

14時40分、ブラジリアに到着。時差12時間なので、ちょうど36時間の移動だったわけだ。
17時半にホテルに到着。ホテルにて夕食をとって休む。
ここから十日間、時差ボケの日々が続く。夜8時ごろには猛烈に眠くなり、朝4時に目が覚めて眠れなくなるのだ。

2008年06月15日

ブラジル訪問記「長い旅の始まり」

特別待合室にて出発式13時、福岡空港に集合。特別待合室に知事と、同行の県庁スタッフの皆さんとが集まる。見送りの家族も入室し、旅行業者の方の説明と簡単な出発式。
14時25分発、羽田行きの飛行機で出発。「見送りを受けつつも国内線搭乗というのは、海外に出る雰囲気じゃないよね」と知事。ここから長いブラジルへの道のりが始まる。何が長いって、移動時間がとてつもない。なんせ最初の目的地・ブラジリアに着くまでが、福岡→羽田→成田→ニューヨーク→サンパウロ→ブラジリア、と、36時間ぶっ通しの移動になるのだ。
知事や議長、各会派の代表者は県の公式な代表者になるのでビジネスクラスを利用だが、任意で希望参加の私はエコノミークラス。12日間の訪問はいきなりハードな幕開けとなった。

2008年06月06日

新空港建設の是非

福岡市内選出の自民党県議10名で、「福岡都市圏研究会」という勉強会を立ち上げた。第一回の今日は「福岡空港の将来像」をテーマに、九電工の橋田社長を招いて講義いただいた。資料をもとに現空港の拡張案や新空港建設案について検討状況を説明された。まだ賛否の声はあるものの財界としては新空港建設で一本化され、促進運動に取り組んでいるとのこと。
これらのプレゼンを受けてそれぞれの県議の意見は新空港建設に賛成といったものだった。しかしながら私の意見は厳しい慎重論であった。
「新空港建設については3つの否定的な見方を持っている。ひとつは需要の問題。少子高齢化が進む中で、どれだけ需要が伸びるのかが疑わしいという点。ふたつ目は立地。玄界灘沖の海上空港では莫大な建設費になると思われ、また冬場の強風で欠航が頻発するのではないかという点。そしてみっつ目は福岡市民の声。多くの福岡市民は現空港の立地がたいへん気にいっており、わざわざ移す必要はないという声は根強い。不便になる移転は空港の競争力を損ねるのではないかという点。私達が次世代に何が残せるかという議論の中で、建設が負の遺産になりかねないことも考慮しなければならない」と述べた。
九州経済の中心として、アジアのゲートウェイとして、福岡のポテンシャルを高める空港の必要性は理解できなくもない。しかしこれからの福岡を背負っていく世代としては、負担が大きくなり過ぎないかという危惧を持っている。

2008年05月30日

自民党県議団 代表質問

議会開会5日目、代表質問に登壇した。会派の総意として発言する代表質問は、前に所属した緑友会時代には2度経験(1度目2度目)したが、自民党での代表質問は今回が初めてである。

質問項目は「道路特定財源について、消費者行政について、後期高齢者医療保険制度について、本県産品の輸出行政について、食糧自給率について、米政策(生産調整や飼料米の生産)について、密漁対策について、ノリ生産(ノリ小間転貸問題やノリの作況)について、学習指導要領の改訂について、PTA活動について、県立美術館の将来構想について、警察不祥事について」…等等、34項目にわたって知事、教育長、県警本部長へ見解をただした。質疑応答の内容についても詳しくHPにアップしたいと思うが、なにぶん答弁も合わせれば約90分にもなるボリュームなので、少々時間をいただきたい。

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